私の立場
長々と書いたわたしの文章を読んでくださって、ありがとうございます。私はここでは、精神分析、精神医学、心理学の立場を守ったつもりです。つまり、個人的価値観や、善悪というものは考えにいれず、セクシュアル。マイノリティーについて、私の見解を綴ったつもりです。
なぜかというと、セクシュアル。マイノリティーを、こういった形で整理した資料が、ほとんどみつからず、このようなホームページもあったほうが、みなさまが自分のいる心理的な場所をみつけ、自らの生き方を見出すてがかりになるかもしれないと、思ったからです。
私は、二丁目にもいきましたが、FTMとかMTFとか、パス、リードというような用語が実際に使われている人たちに会ったことがありません。また、会いたくもないのです。ともかくむずかしいことは苦手なのです。私が書いている雑誌の、「二丁目シリーズ」の取材もかねて行ったのですが、男の子たちがカツラなどを持ち出して、はしゃいでいる様子は、私にはとても微笑ましくおもえました。
男のひとたちの中には、医師の「性同一障害」という’お墨付き’をもらうことが、心が女であるという「証明」になると考えている人もいるようです。そこでスカートをはいた結果が、子供に「あっ、あのおにいちゃんスカートはいてるぅ!」などという結果をまねきかねません。ちなみに上野に女装して入るおさわり用の映画館なるものがあり、その常連のひとりが、「性同一障害」の’オーソリティー’だそうです。でも、女がそんなことしますかね?
少なくても、性別が書類で決まるということはなく、ぱっと見で判断する習慣は今後も長く続くことでしょう。もちろん、庶民に意識改革の改革をせまる活動をするのは自由だとおもいます。
でも、ある日、わたしがトイレから出てくると、入れ替わりに女装子さんがはいってきて、丁寧すぎるほど丁寧に「あら、ごめんなさいませ」といったのです。男の声で。わたしの背筋はほんとうに冷たくなりましたよ。これはゲームなのでしょうか? それとも嫌がらせなのでしょうか? 「男が女の服をきてなぜ悪い」などというのは、あまりにも思考寄りの意見ではないでしょうか?
私はノンセクシュアル、つまり「どうしてこうなるの?」の正規分布曲線の左端のセクシュアリティーだと思います。そして例にもれず、うつ病になってしまいました。
いずれにしろ、なにによらず「他人に迷惑をかけないこと」・・月並みですが、これが私の結論です。
2007/6/10
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