どうしてこうなるの?
それはねっ、おおまかに言えばごく簡単なことなのです。ある物事、たとえば人の身長について多くのサンプルをとり、身長もい1cm刻みから5mm刻みにしてゆくというように内容を細かく分けると、下のようなグラフになります。これは「正規分布曲線」といって、自然界では頻繁にみられるものです。
レズビアンについても、これが当てはまります。サンプルをすべて女性として、縦軸に人数、横軸に感情−思考の次元、つまり左端が極端に感情的、右端が極端に思考的になるようにサンプルを取れば、やはり正規分布曲線になり、ビアンは右端のわずかな部分に集中するはずです。
男女を問わず、お互いに物事の感じ方、考え方というものがあまりに離れてしまうと、この二人の間には恋はみられません。
概して物事の感じ方、考え方が似ている男性とは友達関係がもてます。男性はたいてい思考派なのです。女性の正規分布の右端(思考的)にいる女性が、男性の最も多い正規分布の中心に近づいていたとすれば、周囲は男友達ばかりで、恋心は芽生えようもないことになります。
この「正規分布曲線」から多少離れたところにいる二人が、相手に神秘性を感じ、恋が成立するわけです。図式的には、多少思考的(男っぽい)女性と極端に思考的な女性(バリタチ)は、相性がいいということになります。
でも、多少思考的な女性は男性と付き合うことがおおいので、女性のいわゆるタチ(男役)は、苦労が多いことでしょう。また、ビアンには、活発な思考の結果として、不安がつきまといます。誰かと付き合う機会があっても、思考が活発すぎると相手の心が認知できません。相手は泥棒かもしれず、詐欺師かも知れず、人からお金をくすねてでも寄付することによって救われる、などというインチキ宗教の信者かもしれない。そのような思考がからまわりするだけで、友達はとてもできづらいのです。
では、この「正規分布曲線」の極端に左(感情的)にいる女の子はどうでしょう。ビアン業界で、「ミーハー」とか、「あのめっちゃ女っぽいのはなに?」と言われているのはたいていこれです。こちらはたいてい音楽や人形作りなどのような感情が躍ることにかまけていて、やがてはたいてい精神病になってしまいます。頭(論理)でストレスを乗り切る心理防衛の機制がないのです。
幼少時に「あんたはだめな子ね。おねえちゃんを見習いなさい」などといわれて劣等感をもっている子は、女の出てこないボーイズラブ小説などに走りがちです。
女に劣等感をもっていない、女の子が好きな残りのごく少数とともに、ビアン業界で「ノンセクシュアル」と呼ばれています。これこそセクシュアル・マイノリティでしょう。ちなみに私は女の子が大好きです。
このようなことをわきまえずに、「ノンセクシュアル」がビアンのコミュニティに入ってしまうことは失敗のもとです。
さらに問題なのは、じつはノンセクなのに、自分のことをビアンだと思い込んでいる女の子たちです。このケースは推定ですが、かなり多いような気がします。私はノンセクの女友達をさがしています。ノンセクの女友達とは、お人形(かわいいもの)の延長なのかもしれません。
こんな子が出ててきたら、私はうれしい。
2007/5/16
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